入れ歯とかみ合わせ2
では私は何を基準に入れ歯の良いかみ合わせを決めていくのかをお話しますが、その前になぜその方法がいいのか、お話させてください。
前に書いてあるように、さまざまな計測データはあくまでもスタート時点を決める平均値でしかないと考えています。より精密な検査をすればその平均値に近づけることができるかもしれません。しかしその値がいいという根拠は、歯科医師によっていろいろ考え方があると思います。
例えば、入れ歯のかみ合わせる平面を決めるために参考にする有名な計測平面があるのですが、それは誰が誰のどういう平均値をどうやって計測したのか?平均値を計測した人たちに問題はなかったのか?日本人との対応関係はあるのか?など疑問に思う点は数限りなくあるのですが、教科書にはそれを参考にするのがいいと書いてあるだけです。
また平均値がいいとはどこにも書いてありません。あくまで参考にするのがいいという記述にとどまっています。ところが患者さんに説明するときには、これが正しい計測値ということに変わってしまっています。
私は、入れ歯作りは一発勝負とは考えていませんので、スタートは大体見た目が良ければそれでいいと考えています。言い方はあまり良くはないですが、大体適当なのです。
私が最も尊敬している大学の教授に教えていただいたことです。「脇田君、人間がコンピューターより優れている点は何かわかる?」当時コンピューターの解析能力が上がり、科学の分析に関しては早くて正確で、とても人間が太刀打ちできるようなところはないのではないかと思われていました。
教授がくれた答えは「人間はいい加減、大体で計算できるところだよ。」というものでした。この大体という計算はコンピュータは苦手なようです。
またこんなエピソードもあります。医学部で珍しい病気が発見されたので、みんなで議論していたそうです。さまざまなデータと照らし合わせても一致するものがなく、これは新しい病気なのではないかと思われていた時、後から来た教授が、患者さんの写真をのぞき込んで、「脚気(かっけ)かあ。珍しいな。」と言ったというものです。
何が言いたいのかというと、人間のアバウトに物を見るという能力はそれほど優れているということです。われわれ歯科医師は、口だけの情報で患者さんを診ているのではありません。口の中全体を見て、その形、動き、色の変化、匂い、温度、音なども含めて、鋭く、そして総合してアバウトにとらえています。
その時、われわれの頭は、検査データなどなくてもコンピューター以上の能力を発揮します。データは合っているけれど何かが違うと立ち止まれる人と、データは間違いないからこのままでいいかということで進む人では、診断・治療にも大きく差が出ます。
それゆえ私は、とにかく患者さんのことをよく見て、正確にそのキャラクターをつかむことに全力を注ぎます。些細なことを見逃さない。そのためには患者さんとのコミュニケーション以外にないのです。
顔色、入れ歯の音、粘膜の傷の状態、匂い、発音、目の動き。とにかくその患者さんの変化をしっかり見る。これしかないのです。このときは正に研究者の目になります。
そうして、楽な位置、見た目に良い位置、発音しやすい位置、かみやすい位置にかみ合わせを設定していきます。もちろん全部を満たすようなものはとても難しいと思いますが、できるだけ患者さんの気持ちを最大限に反映させることが大切だと思っています。
そのためには、とにかくいろいろ試してみることが必要です。試してみないとわかりません。これを可能にするものが『試せる入れ歯』です。
材料を削ったり、盛ったり、歯を替えたりと、とにかく修理・修正がしやすい材料で作る、いわゆる試してみる入れ歯です。これでかみ合わせ、形、見た目などを決めることができます。
入れ歯ガイド